富田一色けんか祭り:宮守町・宮守について

 富田一色地区内の西横町、中横町、浜横町の角々に紫色の「けんか祭り」の幟が上がり、宮守町の港町、新町、布袋町にはオレンジ色の「宮守町」の幟が上がっています。既に提灯屋台も組上げられています。祭り気分が徐々に盛り上がってきています。港町、新町、布袋町では、既に鉦で使用する撞木が大人用100個、こども用30個水気を十分含むように水槽に付けられ、鉢巻も新調しています。宮守町は、町練りの鉦、本練りの鉦を担当します。太鼓担当の町は、太鼓を締めるロープを締め直して本練りに臨みます。

 地区内の史料で「宮守」という言葉が出てくるのは、文久2(1862)年に、伊藤平治郎家と親戚にあたる橋詰伊藤家が家宝の獅子頭を本町に譲渡した際の箱書きに見える。少し読みずらいが「本町宮守」に譲渡すると読める。地区の町別の誕生の歴史から見ると既に湊町(港)町から弁天町まではできていたから、本町に宮守という組織があっても不思議ではない。当時のすべての町に宮守という組織があったかは分からない。丁度この時期は、飛鳥神社の拝殿が造営された時期と重なるから、神聖な建物としての御屋=お宮=お宮さんを守る組織が出来ていたと推論できる。


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