サクラソウが生き生きしています

 25日に、久しぶりに朝から雨が降り続いて、海運橋花壇に植栽されているサクラソウにとっても恵みの雨となり、さらに26日が暖かい陽気となりましたので、今朝みると、この間までの元気のなさとうって変わって生き生きしています。雑草もまた生き生きしてきました。春に向けて楽しみです。併せて歴史散歩ということで「かいうんはし」と表記された石柱を紹介します。

 「かいうんはし」表記が残っている橋は、今では極めて珍しいと思われます。機会があれば、地区のお宝として文化財申請をしたいと考えています。橋詰伊藤宗兵衛家が尽力したと伝えれています。

 「かいうんはし」がいつ架橋されたかは定かではないが、伝承の記録「伊勢国朝明郡富田六郷氏神記」に記載のある一色山観浄寺と富田長興寺の間の大念仏の練行の記録を読めば、鎌倉時代には木橋が架かっていたと推定される。時代が移って、江戸時代後期の1825年頃に橋近くに忍藩が陣屋河岸を整備した時には、年貢米を積んだ大八車が頻繁に行き来できる規模の橋にはなっていたと思われる。「かいうんはし」という名の石柱は東京都中央区日本橋にある記念碑が元であり、すでに江戸との間に交易のあった本家の伊藤平治郎家なら存在の認識はあったと想像している。伊藤宗兵衛家は次男の系統です。

 「海運橋」への橋の名前の変更は、石碑にある明治21年に行われたと考えています。


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